アイスバケツチャレンジを超えて

先月、「I AM ALS(私は多発性筋側策硬化症です)」というムーブメントが始動しました。この「I AM ALS」は、過去のALS関連のムーブメント「アイスバケツチャレンジ」で果たせなかったことをやり直そうとして患者主導で始まったものです。

あと6か月か、もしくはあと少し----これは、ブライアン・ウォラック(Brian Wallach)が神経内科医から受けた最初の余命宣告でした。なんと短い余命でしょうか。ウォラック氏がこの余命宣告を受けたのは2017年8月、37歳のときでした。一貫性のないさまざまな症状に悩まされていたウォラック氏は、次々といろいろな医師の診察を受けました。まわりまわってようやくたどり着いたのが神経内科医でした。そしてこの医師はウォラック氏に「多発性筋側策硬化症(別称ALS、またはルー・ゲーリック病)の疑いがある」と伝えました。他の病気の可能性を排除していくプロセスの後、6か月後の2018年2月にALS専門医が「ウォラック氏はALSである」と正式な診断を下しました。つまり神経内科医が疑っていた疾患が現実のものとなったのです。

ALS専門医は、診断後のALS患者の余命は2~5年だという事実をウォラック氏に告げました。「ALS患者の約半数は1年以内に亡くなります」と、現在38歳のウォラック氏は言います。これがほとんど知られていないALSの現実です。

イプソスが1005人のアメリカ人を対象に実施した調査では「ALSは常に死に至る病気だ」と認識しているのは5人中2人のみでした。そして、2014年のアイスバケツチャレンジがALSの研究支援資金を集めるために実施されていたことを知らなかった人の方が、半分より若干多いのです。また、ALSと戦う取り組みを行っている組織・財団の名称を挙げられた人の割合は、調査回答者の5%にとどまりました。

数多く存在する末期疾患患者と同様に、ウォラック氏は何かできるうちに、自分自身はもとより他人のために何かしたいと考えてます。彼は、ALSの診断がついて以来、他の患者や医療専門職者・研究者と面会し、対話を続けてきました。

彼は「対話を通じて、パーキンソン病や多発性硬化症などの他の神経変性病と比べると、ALSの知名度はかなり低く、同疾患の研究資金も不十分で、その額は最低ランクであることが明らかになりました」と述べています。そしてウォラック氏はこの現状を変えたいと望んでいます。

先月、ウォラック氏と妻のサンドラ・アブレバヤ氏は「I AM ALS」というムーブメントを立ち上げました。これは過去のALS関連のムーブメント「アイスバケットチャレンジ」では果たせなかったことをやり直そうという、ALS患者主導のムーブメントです。

Chart 1

同夫妻は今後3年で、ALSの研究資金として新たに1億ドル以上の資金調達を目指しています。同時に「I AM ALS」は草の根運動を国中に広め、世論・政治的圧力を高め、連邦政府だけでなく、現在治癒方法を見出す戦いに参加していない人からもより多くの支援を受けられる環境を生み出すことを目的としています。

そして、同夫妻はこのキャンペーンの計画を練りながら、「この疾患や他の関連疾患に関して一般市民が理解していることの裏にある、真の数字をふさわしい方法で発表 したい 」という思いに駆られるようになりました。

ウォラック氏はALSという診断がつくとすぐに、妻とともに近しい友人たちに次々と電話をかけていきました。しかし、ほとんどの友人が、ALSが一体何なのかわからなかったと言います。ウォラック氏も「自身もALSについては、アイスバケットチャレンジのおかげで初歩的な理解があったがそれに止まった」と認めざるをえませんでした。

アイスバケットチャレンジはまさにバイラル現象で、その広がりはアメリカ国内だけで1億5,000万ドルの資金調達を実現に導いたほどです。この資金によって200の研究プロジェクトが立ち上げられ、新たに飛躍的進歩をもたらしうる複数の新しい遺伝子が発見されました。

アイスバケツチャレンジによる成功例として「この疾患に、トップレベルの医師や博士課程の学生から関心を集め、その関心を高めるという大きな進歩があったことがあげられる」とウォラック氏は言います。

しかし、アイスバケットチャレンジはこのような圧倒的な成功劇があったにもかかわらず、ごく平凡な一般人は依然として、この疾患についての詳細や、疾患の致死率や進行スピードについてはほとんど理解できていません。

chart 2ウォラック氏のチームは時間の経過とともに、チームのミッションやメッセージをより明瞭にするために、この疾患に関する一般人の知識レベルを測定可能なものにし、知識レベルの把握に役立つ基準が必要だと感じるようになりました。

同チームには「問題を理解する」、また「その問題を適切な方法で人に伝え、行動を起こすように説得する」専門的経験があり、彼らはその利点を取り組みに生かしています。ウォラック氏は法律家 、彼の妻は非営利団体(NPO)の幹部であり、両者とも、過去にオバマ政権内で職務を担っていた経験もあるのです。同政権においては、ウォラック氏は大統領被任命者などの身元調査の監督などを 、妻のアブレバヤ氏は報道領域 を担当していました。

意識調査を使って、知識ギャップにスポットライトを

意識調査になじみのあるウォラック夫妻は、ALSや関連疾患の認識や知識を数字で裏付けるため、イプソスに強力を願い出ました 。またこのほかに「人々を、ALSや関連疾患に関する知識の“普及啓発キャンペーン”に参加しようと思い立たせるのは何か」も知りたかったと言います。それが分かれば人々は治癒法を見出だす取り組みに協力してくれるかもしれません。イプソスはこの取り組みのためにプロボノk活動として調査を実施しています。

「意識調査を実施すれば、数多くある素晴らしいキャンペーン運動の中で、なぜこれが類まれな、とりわけ時間を割く価値のある運動なのかを、よりわかりやすく説明できるようになります」と、ウォラック氏は述べています。「科学は「希望」というメッセージを支援するためにあるのはわかっています。私たちは“これが真実だ”と説明できるように、数字が必要だったのです。調査で得られた数字のおかげで実際に影響を与えるにはどの部分に時間を費やすべきかを理解できるようになりました。」

この疾患に対して恐怖感があれば、人はこのキャンペーン運動に参加し、何かを提供しようと思い立ち、あるいは政府に対して“研究に資金を提供せよ“という圧力を高めたいと強く思うようになるかもしれません。さらに言うと、一般の人は、ALSの患者にとって治験 がいかに不可欠なものかを実感していません。患者には失うものはもう何もないので、できるかぎり迅速に治験や研究を進められるように働きかける必要があるのです。

データを機能させる

現在ウォラック氏は、ALSの第一の問題、「誰もALSをよく知らない」を説明できる確かな信頼できるデータを手にすることができました。「チームは、今回の調査によって真のインサイトを得ることができました。こうしてはじめて、これまで不十分だった部分にも対処できる、募金活動や広報キャンペーンをどう立ち上げるかを知ることができました。」とウォラック氏は述べています。

「データについては、有意義な形で発表したいと考えています。一般人がそのデータをもとに、友人や同僚、家族にALSの話をできるようになり、そしてデータの数字を使ってわかりやすく友人らに説明し、最終的には彼らにも参加してもらうことができればよいと思います」とウォラック氏は述べています。「現在、私たちは転換点を迎えています。---ここを超えれば、実際に、この課題を克服できるようになるでしょう」と、続けました。

また、彼はこう付け足しています。「いかなるムーブメントも何らかのストーリーから始まっているとすれば、私たちにとってのストーリー は“希望を持つ必要がある”こと。ただ、その次のやらなくてはならないことがあります。それは、 “ムーブメントに貢献し、最終的に治療法を見出すために、ひとつひとつステップを踏み、必ずそれを実現する”ということです。」

この記事は、イプソスのオンラインマガジンGenPopに掲載されたものです。他にも様々な記事が掲載されています。ご興味のある方はここをクリックしてご覧下さい。

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