2026年ワールドカップの広告、なぜ「記憶に残らなかった」のか イプソス調査が示すブランド訴求の条件
2026年6月から7月にかけて、アメリカ大陸で初めて3か国共催となったFIFAワールドカップが開催されました。スポーツの祭典に合わせ、多くのブランドが広告出稿に大型投資を行いましたが、イプソスの調査により、視聴者の記憶に残った広告はごく一部にとどまっていたことが明らかになりました。本記事では、イプソスが実施した複数の調査データをもとに、W杯という特殊な広告環境で「刺さる広告」と「埋もれる広告」を分けた要因を紐解いていきます。
大会が進むほど高まった「便乗効果」、当初の期待値は低かった
イプソスが大会前後に実施した全米調査によると、開幕前の時点でワールドカップに「期待している」と答えたアメリカ人はわずか26%にとどまっていました。ところが実際に大会が始まり、開催国であるアメリカ代表チームが好成績を収めたこともあって状況は一変します。6月末時点の調査では、回答者の44%が「ワールドカップを視聴している」と回答し、38%が「大会を楽しみにしている」と答えました。さらに4人に1人(24%)が、W杯をきっかけにサッカーへの関心自体が高まったと回答しています。

この「便乗効果(バンドワゴン効果)」は、広告主にとって見逃せないポイントです。大会期間を通じて熱量が高まっていく層を捉えられれば、成長途上にある新たなファン層へのアプローチが可能になります。ブランドを文化的な熱狂の中心に置けるという意味で、W杯は稀有な機会だったといえるでしょう。
スーパーボウルとは違う「注目の取りにくさ」 視聴者のエンゲージメントは限定的
一方で、W杯の広告環境はアメリカの他の大型スポーツイベントとは大きく異なります。試合が継続的に進行し、コマーシャルブレイクの回数が少ないという特性から、W杯の広告への視聴者エンゲージメントは、スーパーボウルよりもむしろ冬季オリンピックに近い水準にとどまりました。イプソスの調査では、広告に高い関心を示した視聴者の割合はW杯でわずか25%だったのに対し、スーパーボウルでは63%に達していたという結果が出ています。

継続的なプレーが中心となるサッカーというスポーツの特性上、視聴者が「ながら見」になりやすく、広告そのものへの集中度がそもそも低くなりやすい構造があります。この前提を踏まえずに広告を制作すると、せっかくの露出機会を活かしきれないリスクが高いといえます。
23本の広告を分析 多くが「平均以下」の認知・ブランド紐付けにとどまる
イプソスは、金融・通信、飲料(ノンアルコール・アルコール含む)、アパレルの3カテゴリーにまたがる23本のW杯関連広告について、放映後の効果検証を実施しました。その結果、広告認知度およびブランド紐付け(その広告がどのブランドのものか思い出せるか)の両方において、イプソスが持つテレビ広告の標準値を下回る広告が大半を占めることが判明しました。

背景として指摘されているのが、多くのブランドが同じような著名選手を起用し、似通ったサッカーファン像を描き、「スタジアムでの観戦」や「スポーツバーでの応援」といった、ありがちな設定に頼りがちだったという点です。結果として、個々の広告やブランドの記憶が埋没してしまう「同質化の海」とも呼べる状態が生まれたと分析されています。
メッシ、ロナウド、ベッカム 起用が集中した“定番”アスリートたち
調査対象となった3カテゴリーの広告に共通して登場していたのが、メッシ、ロナウド、ベッカムの3選手です。複数ブランドの広告に同じ選手が繰り返し起用されたことも、前述の「同質化」を助長した一因とみられます。著名人起用そのものは有効な手法ですが、他ブランドとの差別化が伴わなければ、視聴者の記憶に残る広告にはなりにくいということが今回のデータから見て取れます。
成功のカギは「ピッチの外」 2つの好事例に学ぶ
数多くの広告が埋没するなかで、平均を上回る認知度とブランド紐付けを獲得した広告には共通点がありました。それは、「オンフィールド」や「スポーツバー」といった定番の舞台設定から離れ、プロダクト自体を印象的に見せ、ブランドを象徴するビジュアル要素を序盤から繰り返し登場させていたという点です。
コカ・コーラ:感情の高まりを軸に据えた表現
飲料カテゴリーのポストテストで高い成果を挙げたのが、コカ・コーラの広告です。試合を見守るファンの表情やリアクションをクローズアップで切り取り、感情の動きそのものを主役にした構成が特徴となっています。同時に、ボトルの形状という同社ならではのブランドアセットを随所に配置することで、「W杯を祝う体験の象徴」としてのポジションを確立しました。もともと長年FIFAのスポンサーを務めてきた実績から、大会前の調査時点で無援助想起率トップの座にあったコカ・コーラですが、今回の広告はその強みにさらに感情的な訴求を重ね、認知・紐付けともに標準を上回る結果を残しています。
アディダス:ストリートサッカーの原点に立ち返るストーリー
アパレルカテゴリーで最も高い認知を獲得したのがアディダスの広告です。サッカーを「近所の路地で遊ぶスポーツ」という原点に立ち返らせる、一貫した物語構成が視聴者の心を動かしました。著名選手の起用も単なる話題性狙いではなく、それぞれがストーリーを前進させる役割を担う形で描かれており、往年のスターと現役選手が並んで登場することで、幅広い世代の視聴者に「自分ごと」として感じさせる工夫が見られます。
まとめ:ワールドカップで勝つ広告は「ピッチの外」で戦っている
今回のイプソスの調査結果は、ワールドカップという巨大な注目機会が、そのままブランドの成果に直結するわけではないという現実を突きつけています。継続的なプレーによってコマーシャルブレイクが限られ、視聴者の広告への集中度もスーパーボウルなど他の大型イベントより低いというW杯特有の構造のなかで、ありきたりな設定や著名人起用だけに頼った広告は埋没しやすいといえます。
コカ・コーラやアディダスの事例が示すように、成果を出した広告には共通して「ピッチの外で発想する」姿勢がありました。定番の舞台設定から離れ、プロダクトそのものを印象的に見せ、ブランドを象徴するビジュアルを序盤から繰り返し打ち出すこと。これが、次の大型スポーツイベントに向けてブランドが押さえておくべき重要な示唆だといえるでしょう。